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福岡地方裁判所 昭和53年(行ウ)29号 判決

福岡山市博多区住吉四丁目四番三号

原告

神谷ツ子

右訴訟代理人弁護士

石田啓

福岡山市博多区馬出一丁目八番一号

被告

博多税務署長

伊藤貫一

右指定代理人

永松健幹

末廣成文

高木功

江崎福信

鵜池勝茂

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁決

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五二年八月六日原告の昭和五一年分所得税についてした更正及び無申告加算税の賦課決定をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

被告は、別表(一)記載のとおり、原告の確定申告に係る昭和五一年分所得税について、昭和五二年八月六日更正(以下「本件更正」という。)及び無申告加算税の賦課決定(以下「本件決定」といい、本件更正と本件決定を併せて「本件各処分」という。)をし、その旨の更正及び賦課決定通知書を原告に送達した。

よつて、原告は、本件各処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因事実は認める。

三  抗弁

1  本件更正について

原告の昭和五一年分の分離長期譲渡所得に係る収入金額、取得費及び譲渡費用は次のとおりであり、右収入についての特別控除額が三〇〇〇万円を超えることはない。

よつて、本件更正は適法である。

(一) 収入金額 八三九四万九三九八円

原告は、昭和五一年八月三〇日、有限会社作賑不動産(以下「作賑不動産」という。)に対し、別紙物件目録記載の(一)ないし(四)の各土地(以下「本件各土地」という。)を売り渡し、売買代金八三九四万九三九八円を取得した。

(二) 取得費 四一九万七四七〇円

(三) 譲渡費用 一四四万五八八六円

2  本件決定について

(一) 右1記載のとおり。

(二) 原告は、昭和五一年分所得税の納税申告書を申告期限である昭和五二年三月三一日までに博多税務署長に提出しなかつた。

よつて、本件決定は適法である。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実はすべて認める。

五  再抗弁

1  保証債務の履行及び求償不能(抗弁1及び2に対し)

(一) 原告及び神谷藤三郎(以下「藤三郎」という。)は、次の(二)に先立つて、有限会社白木博多工場(以下「白木博多織」という。)の有する別表(二)記載の〈1〉ないし〈45〉の各債権(以下、番号で債務を特定する。)を、その各債権者に対し、連帯して保証する旨約していた(以下、番号で保証債務を特定する。)。

(二) 原告及び藤三郎は、昭和五一年八月三〇日、右(一)の各保証債務を履行するため、作賑不動産に対し、原告所有の本件各土地と藤三郎所有の別紙物件目録記載の(五)、(六)の各土地を代金合計一億〇三〇〇万円で売り渡し、右代金をもつて、別表(二)の「保証債務履行日」欄及び「保証債務履行額」欄記載のとおり、右(一)の各保証債務のうち合計四五〇八万五一七二円の支払を履行した。

以上の各土地の合計面積に対する本件各土地の合計面積の割合は八一・五〇パーセントであり、したがつて、原告の履行した保証債務額は、右支払総額四五〇八万五一七二円に右割合を乗じた三六七四万四四一五円と算定される。

(三) 白木博多織は、昭和五一年一二月二一日解散し、清算手続に入つたが、債務超過のため、右保証債務の支払を受けたことに伴う原告に対する求償債務を履行することができない状況にある。

(四)(1) 原告は、昭和五二年六月二三日に提出した本件確定申告書に所得税法六四条二項の適用を求める回収不能の求償債務の額を一七二二万五九二八円と記載し、被告の調査に際して提出した「神谷藤三郎、同ツ子譲渡所得の計算」と第する書面に右回収不能の求償債務として〈1〉ないし〈5〉及び〈10〉の各保証債務に係るもの(全額一八五八万五〇〇〇円)を記載したが、〈6〉ないし〈9〉及び〈11〉ないし〈45〉の各保証債務に係るものについては、いずれもその旨の記載をしなかつた。

(2) しかし、原告が履行した保証債務の一部を右のとおり確定申告書に記載しなかつたことについては、次のとおりやむを得ない事情がある。

(ア) 白木博多織は藤三郎の実質的個人企業であり、同会社の経理と藤三郎個人の経理とが明確に区別されておらず、かつ、本件各土地は事実上藤三郎が管理していた関係から、本件各土地の代金を含めて前記売買代金は、作賑不動産から白木博多織名義の銀行預金口座に金額振り込まれ、その預金から適宜原告及び藤三郎の本件各保証債務の弁済として各債権者に支払われた。

したがつて、原告としては、右の支払のうち原告の保証債務の履行としての支払い分を選別し、これを逐一確定申告書に記載することは、その当時困難であつた。

(イ) 本件各土地の売買契約に基づく引渡しは、昭和五二年一月一四日に行われたので、右売買による譲渡所得の申告は、昭和五二年分としてすべきであつたが、原告及び藤三郎の所得税申告手続の委任を受けた税理士津原義晴が、これを昭和五一年分と誤解し、当初藤三郎単独の同年分譲渡所得として申告を行つたところ、被告は、年度の点については何らの指示、指摘をすることなく、本件各土地の売買代金は原告の譲渡所得であるとして、原告においても確定申告をするよう促し、期限後の申告をさせた。

このように、原告は、被告の誤つた指示により、履行した保証債務の全部を確定申告書に記載する機会を失つた。

よつて、所得税法六四条二項に基づく保証債務の求償不能の額を別表(一)記載のとおり過少に認定した本件各処分は違法である。

2  事業用資産の買換え(抗弁1及び2に対し)

(一) 原告は、本件各土地及びその地上に所有していた工場用建物を昭和三八年白木博多織に賃貸した。

(二) 原告は、前記のとおり、昭和五一年八月三〇日本件各土地を作賑不動産に売却し、翌五二年一月一四日右各土地を同会社に引き渡した後、同年五月、別紙物件目録記載の(七)の建物(マンション)を建築し、その一部を自己の住居に充て、その余の部分を他に賃貸した。

右マンションの建築費は五三〇〇万円であり、延面積は一八〇・一九坪であつて、うち賃貸部分は一三〇・九三坪であるから、右賃貸部分の取得価額は三八五一万〇八〇〇円と算定される。

したがつて、本件各土地の譲渡は、租税特別措置法三七条一項、同法施行令二五条二項に規定する事業用資産の買換えに当たるものであり、よつて、右取得価額三八五一万〇八〇〇円を分離長期譲渡所得金額から控除しなかつた本件各処分は違法である。

3  正当な理由(抗弁2に対し)

前記1(四)(2)の(イ)記載のとおり、本件不動産譲渡所得の申告は本来昭和五二年分としてされるべきであつたのに、被告が誤つて昭和五一年分として申告するよう指示したため、原告は、期限後の昭和五二年六月二三日に確定申告書を提出するに至つたものである。

したがつて、原告が期限内に確定申告書を提出しなかつたことについては、国税通則法六六条一項ただし書に規定する「正当な理由」があるというべきであり、よつて、原告に対する本件決定は違法である。

六  再抗弁に対する認否

1(一)  再抗弁1の(一)(保証契約)のうち、〈1〉ないし〈5〉及び〈10〉の各保証債務に係る事実は認めるが、その余は知らない。

〈11〉ないし〈45〉の各保証は、主債務者である白木博多織が債務超過により解散した後である昭和五一年一二月二五日にされたものであり、当初から求償権の行使を予定していなかつたものであるから、実質的には債務の引受けにほかならず、所得税法六四条二項にいう「保証債務」に該当しない。

(二)  再抗弁1の(二)(譲渡による履行)の事実のうち、原告及び藤三郎が昭和五一年八月三〇日保証債務を履行するため原告所有の本件各土地と藤三郎所有の(五)及び(六)の各土地を作賑不動産に代金合計一億〇三〇〇万円で売り渡したこと、原告及び藤三郎が、右売買代金をもつて、〈1〉の保証債務のうち五〇万円を、同〈2〉のうち四八〇万円を、同〈3〉のうち七八万円を、同〈4〉のうち一三九万円を、同〈5〉のうち五一一万五〇〇〇円を、同〈10〉の六〇〇万円を、それぞれ各債権者に支払つたこと(合計一八五八万五〇〇〇円)及び本件各土地の合計面積が売却土地全体のそれの八一・五〇パーセントを占めることは認めるが、その余は知らない。

(三)  再抗弁1の(三)(求償不能)の事実は認める。

(四)(1)  再抗弁1の(四)の(1)(確定申告書の記載)の事実は認める。

(2) 再抗弁1の(四)の(2)(やむを得ない事情)の(ア)の事実のうち、白木博多織が藤三郎の実質的個人企業であつたことは認めるが、その余は争う。

(イ)の事実のうち、当初藤三郎が本件売買代金の全てを自己の所得として昭和五一年分の確定申告をしたこと及び被告が原告に同年度の確定申告をするよう促し原告がこれに応じたことは認めるが、その余は争う。

実務では、譲渡所得の総収入金額の収入すべき時期は、譲渡所得の基因となる資産の引渡しがあつた日を基準として定めるのが原則であるが、契約の効力発生の日を収入すべき日と申告した場合にも、これを認めることにしている。被告は、原告が自ら本件譲渡所得を契約の効力発生の日の属する昭和五一年分の所得として申告したので、これを有効と認めて、受理したものである。

2(一)  再抗弁2の(一)(賃貸借契約)の事実は否認する。

租税特別措置法施行令二五条二項に規定する「相当の対価を得て」とは、客観的に貸付資産の維持管理に要する必要経費を回収してなお相当の利益を生ずるような対価を継続的に得ている場合をいうものと解されるところ、原告が白木博多織から本件各土地の使用の対価を得た事実はなく、したがつて、原告の白木博多織に対する本件各土地の貸付けは、右「相当の対価を得て」継続的に行う不動産の貸付けには該当しない。

(二)  再抗弁2の(二)(資産の買換え)の事実は認める。

3  再抗弁3(正当な理由)の事実は否認する。

租税特別措置法六六条一項ただし書の「正当な理由があると認められる場合」には、本件のような期限内申告書を提出しなかつたことが申告者の税法に対する不知又は誤解に基づく場合は含まれない。

第三証拠

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりである。

理由

一  請求原因事実は、当事者間に争いがない。

二  本件更正の適法性について

1  抗弁1(本件更正の適法性)の事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、再抗弁について判断する。

(一)  保証債務の履行及び求償不能

(1) (当事者間に争いがない事実)再抗弁1の(一)(保証契約)の事実のうち、〈1〉ないし〈5〉及び〈10〉の各債務を原告及び藤三郎が連帯して保証する旨約したこと、再抗弁1の(二)(譲渡による履行)の事実のうち、原告及び藤三郎が昭和五一年八月三〇日保証債務を履行するため原告所有の本件各土地と藤三郎所有の別紙物件目録記載の(五)及び(六)の各土地を代金合計一億〇三〇〇万円で作賑不動産に売り渡したこと、原告及び藤三郎が、右売買代金をもつて、〈1〉の保証債務のうち五〇万円を、同〈2〉のうち四八〇万円を、同〈3〉のうち七八万円を、同〈4〉のうち一三九万円を、同〈5〉のうち五一一万五〇〇〇円を、同〈10〉の六〇〇万円を、それぞれ各債権者に支払つたこと(合計一八五八万五〇〇〇円)及び本件各土地の合計面積が売却土地全体のそれの八一・五〇パーセントを占めること並びに再抗弁1の(三)(求償不能)及び(四)の(1)(確定申告書の記載)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

(2) (売買代金の支払)成立に争いのない甲第八号証、証人一瀬宏の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第一九号証、証人水上博行の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第二〇号証並びに証人津原義晴の証言によれば、本件譲渡代金一億〇三〇〇万円の内金二三〇〇万円は、昭和五一年八月三〇日株式会社西日本相互銀行(以下「西日本相互銀行」という。)における白木博多織名義の当座預金口座(以下「会社口座」という。)に振り込まれ、内金三〇〇〇万円は、昭和五一年一二月一八日手形で原告及び藤三郎に支払われ、内金五〇〇〇万円は、昭和五二年一月一四日会社口座に振り込まれたことが認められる。

(3)(ア) (申告分1〈1〉及び〈2〉の各保証債務の支払)まず、前掲甲第八号証、第一九、第二〇号証、成立に争いのない甲第一五号証の九、第一六号証、第一八号証の二、三、第二一号証の一、二、乙第二号証の六の三〇、三一及び証人水上博行の証言によれば、原告及び藤三郎は、昭和五二年一月一二日、〈1〉の保証債務のうち元本六〇万円及び利息二五二五円を、同〈2〉のうち元本四八〇万円及び利息三万五五六八円を、それぞれ国民金融公庫に支払つたこと(合計五四三万八〇九三円)、右弁済金のうち一九四万八〇九三円は、昭和五一年一二月一八日授受に係る前記手形の一部を昭和五二年一月一二日西日本相互銀行で割り引き、その一部三六七万二五五五円を会社口座に振り込んだ上、その中から支払われたものであること、残余の三四九万円は、昭和五二年一月一二日、西日本相互銀行における藤三郎の普通預金口座(以下「個人口座」という。から引き出して支払われたものであるが、そのうち三〇〇万円は、西日本相互銀行が昭和五一年一二月三一日藤三郎個人に貸し付けたものであつて、これは右(2)で認定した昭和五二年一月一四日入金の売買代金五〇〇〇万円の中から返済されたことが認められる。

次に、右各証拠によれば、昭和五一年九月から昭和五一年一二月までの間七回にわたり、〈1〉及び〈2〉の債務及びその利息の弁済として、別表(二)記載のとおり合計一二七万一〇九二円が会社口座の中から国民金融公庫に支払われていること、しかし、右は、従前から毎月自動的に会社口座から引き落されていた分割弁済に係る元利金であるところ、会社口座には、前記売買代金の内金二三〇〇万円の入金があつた昭和五一年八月三〇日当時、約二七〇万円の預金残高があり、その後も本件売買代金とは無関係の金銭が多数回にわたつて振り込まれており、その合計金額は数百万円を下らないこと、他方、右売買代金二三〇〇万円のうち二〇〇〇万円は翌九月一日定期預金等に振り替えられており、会社口座に残つた額は三〇〇万円程度にすぎなかつたことが認められる。

以上の事実によれば、昭和五二年一月一二日に支払われた五四三万八〇九三円のうち一九四万八〇九三円が本件譲渡代金の中から支出されたことは明らかであり、また、藤三郎が一時的に借入れをして支払つた三〇〇万円も実質上右代金による支払とみることができるが、残余の四九万円については、本件譲渡代金とは無関係の藤三郎の個人財産によつて支払われた疑いが強く、また、それ以前の分割弁済分合計一二七万一〇九二円は、主債務者である白木博多織自身による弁済とみられる余地があり、これを要するに、原告及び藤三郎が〈1〉及び〈2〉の各保証債務の履行のため当事者間に争いのない合計五三〇万円を超える金額を本件譲渡代金の中から支出したことは、ひつきよう証明がないものといわなければならない。

(イ) (申告分1〈3〉ないし〈5〉の各保証債務の支払)前掲甲第八号証、第一六号証、第一九、第二〇号証、成立に争いのない乙第二号証の六の二五、二八、二九、証人一瀬宏及び同水上博行の各証言によれば、別表(二)記載のとおり、〈3〉の債務については、当事者間に争いがない七八万円以外に、昭和五一年九月から同年一二月までの間四回にわたり合計二七万二八三九円が、〈4〉の債務については、当事者間に争いがない一三九万円以外に、同年九月から同年一二月までの間四回にわたり合計六〇万〇八四六円が、〈5〉の債務については、当事者間に争いがない五一一万五〇〇〇円以外に、同年九月から昭和五二年一月までの間五回にわたり合計九〇万五七六三円が、それぞれ会社口座から西日本相互銀行に支払われていることが認められる。

しかし、前掲各証拠によれば、以上の支払分は、前同様従前から毎月自動的に会社口座から引き落されていた分割弁済に係る元利金であることが認められるところ、以上の〈3〉ないし〈5〉の各債務に係る支払金額は一七七万九四四八円であり、これに前記〈1〉及び〈2〉の各債務に係る同種の支払金額一二七万一〇九二円を加算しても、昭和五一年九月から昭和五二年一月までの間における分割弁済金支払総額は、三〇五万余円であつて、主債務者である白木博多織の前記支払能力の範囲内であり、右事実に照らして、右〈3〉ないし〈5〉の各債務に係る分割弁済分合計一七七万九四四八円についても、前同様右主債務者自身による弁済とみられる余地があり、原告及び藤三郎が〈3〉ないし〈5〉の各保証債務の履行のため当事者間に争いのない合計七二八万五〇〇〇円を超える金額を本件譲渡代金の中から支出したことは、ひつきよう証明がないものといわなければならない。

(4)(ア) (非申告分1〈6〉ないし〈8〉の各保証債務の支払)まず、成立に争いのない甲第一二号証によれば、昭和四五年二月二八日、原告及び藤三郎は、西日本相互銀行に対し、白木博多織の手形取引債務を保証する旨約したことが認められる。

次に、前掲甲第八号証、第一九、第二〇号証、成立に争いのない甲第一一号証、証人一瀬宏及び同水上博行の各証言によれば、〈6〉ないし〈8〉の各保証債務は、いずれも手形貸付けに係るものであり、数会にわたる書替えを経た後、〈6〉の債務は、昭和五一年一二月三一日西日本相互銀行が藤三郎個人に貸し付けた貸付金によつて弁済され、そして、右貸入金は、前記(2)で認定した昭和五二年一月一四日入金の売買代金五〇〇〇万円の中から返済されたこと、〈7〉及び〈8〉の各債務は、昭和五二年一月一四日右五〇〇〇万円の中から支払われたことが認められる。

以上の事実によれば、〈6〉ないし〈8〉の各債務に係る右履行は、いずれも本件譲渡代金による各保証債務の弁済と認められる。

(イ) (やむを得ない事情)(Ⅰ) 再抗弁1の(四)の(2)の(ア)の事実のうち、白木博多蔵が藤三郎の実質的個人企業であつたことは、当事者間に争いがないが、証人水上博行及び同津原義晴の各証言並びに原告本人尋問の結果によれば、白木博多蔵の経理は、藤三郎及び原告のそれとは一応区別されていたことが認められるところ、〈6〉ないし〈8〉の各債務の支払は、前記のとおり、〈1〉ないし〈5〉及び〈10〉の各債務の支払に比べて、特に複雑な手順を経て行われたものではないし、右各証拠によれば、本件における確定申告書は、税理士である津原義晴が直接関与して作成したものでることが認められる。

以上の事実によれば、〈1〉ないし〈8〉及び〈10〉の各債務の支払は、同時期における同種の支払であり、このうち〈6〉ないし〈8〉の各債務に係るもののみが特に主債務者による弁済か保証人による弁済かを選別するのに困難を伴う事情があつたとすることはできない。

(Ⅱ) 再抗弁の1の(四)の(2)の(イ)の事実については、資産の譲渡によつて発生する譲渡所得の収入金額の権利確定の時期は、原則として当該資産の所有権が相手方に移転する時であると解すべきであるところ(最高裁判所昭和四〇年月四日第二小法廷判決・民集一九巻号一六八八頁参照)、本件では、昭和五一年八月三〇日に売買契約が成立したのであるから、右契約による収入金額を原告の申告に従つて同年分所得として扱つた被告の措置は、正当なものというべきである。

よつて、他に特段の事情を認めるに足りる証拠のない本件においては、〈6〉ないし〈8〉の各債務に冠司確定申告書に所得税法六四条二項の適用を求める旨の記載をしなかつたことについて、原告に右「やむを得ない事情」があつたとすることはできない。

(ウ) (非申告分1〈9〉の保証債務の支払)成立に争いのない甲第一七号証の二、三及び証人水上博行の証言によれば、〈10〉の債務は、〈9〉の債務を決算期に一度返済したことにして、直ちに同額の借入れをすることによつて成立した債務であつて、右両債務は、実質的には一つの債務であることが認められる。

したがつて、〈9〉の債務の弁済を保証人による弁済と解する余地はない。

(エ) (非申告分1〈11〉ないし〈45〉の各保証債務の支払)証人津原義晴の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第一三号証の一ないし七によれば、原告及び藤三郎は、昭和五一年一二月二五日、〈11〉ないし〈45〉の各債務の債権者に対し、右各債務を保証する旨約したことが認められる。

しかし、本件各土地が譲渡されたのは昭和五一年八月三〇日であり、右保証は同年一二月二一日白木博多織が解散した後にされたものであつて、本件各土地は、もともと右保証債務の引当てにはなつていなかつたのであるから、特段の事情がない限り、本件各土地の譲渡が右保証契約の履行のためにされたとすることはできないと解すべきところ、本件においては、右特段の事情を認めるに足りる証拠はない。

よつて、原告の再抗弁1(保証債務の履行及び求償不能)の主張は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

(二)  事業用資産の買換え

(1) 本件土地及びその地上建物を従前から白木博多織が使用していたことは、弁論の全趣旨から明らかであるところ、原告代理人は、これをもつて賃貸借である旨主張し、その契約書として甲第二二及び第二三号証を提出している。

また、成立に争いのない甲第二九号証の二、第三五号証の三、第四〇号証、第四一ないし四三号証、第四五号証、乙第五号証の一ないし五、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一一号証及び証人津原義晴の証言によれば、白木博多織の決算所等の書類には家賃として、昭和三八年度に三〇万円を、昭和四二年度に三〇万円を、昭和四三年度に七二万円を、昭和四四年度に三七万円を、昭和四五年度に一〇万八〇〇〇円を、昭和五一年度に一四四万円を、それぞれ支払つた旨の記載があることが認められる。

(2) そこで、右賃貸借契約書及び賃料の支払の内容等について検討する。

(ア) まず、契約書についてみるに、証人津原義晴の証言によれば、前記甲第二二号証の「不動産賃貸契約書」は、作成日付けが昭和四二年月二五日になつているが、実際には、税理士の津原義晴が昭和五一年ころ確定申告に係る調査の過程で藤三郎から聞いた内容に基づいて作成したものであることが認められる。また、右証言によれば、甲第二三号証の「貸室賃貸借契約書」は、藤三郎が昭和三八年ころ作成したとして津原義晴に渡したものであることが認められるが、右契約書には、土地についての記載がないばかりか、建物の所在地、期間の定め、敷金、契約年月日等の記載もなく、賃貸人藤三郎名下に白木博多織の社長印が捺印され、貸借人白木博多織名下に藤三郎の個人印が捺印されているなどずさんなものである上、肝心の作成年月日は、「博多区」という住所表示から推して、昭和四七年以降であるものと認められる。

(イ) 次に、賃料の支払についてであるが、この点については、白木博多織の関係書類にその支払の記帳すらない年度が多数年度にわたつて存在し、しかも、右記載のある分は、金額が著しく不統一である上、昭和三八年度(甲第四五号証)、昭和四四年度(甲第四三号証)及び昭和五一年度(乙第五号証の一ないし五)の賃料の支払先は、いずれも原告ではなく藤三郎になつており、昭和四五年度のそれは、市内住吉の渡辺某と記されている(乙第一一号証)。そして、昭和四二年、四三年度の家賃の支払先は証拠上明らかでない。また、成立に争いのない乙第六号証及び弁論の全趣旨によれば、昭和五一年度の賃料は、本件各土地の売買契約締結の直前になつて急きよ昭和五一年一月に遡及して授受する措置が採られたものであることが認められる。

(六) 原告代理人は、賃料の授受がなかつた年度がある点について、昭和四六、四七年度は、白木博多織が金融機関から融資を受ける便宜上授受をせず、昭和四八ないし五一年度は、賃料担当額の社長引出金という名目で授受が行われた旨主張し、成立に争いのない甲第三二号証の一、第三三号証の一及第三四号証の一には、昭和四八ないし五〇年度の白木博多織の貸借対照表の資産の部の勘定科目中に、「神谷勘定」又は「社長勘定」として、それぞれ一〇九万一四四五円、二〇一万七五五八円及五六六万九九四五円が計上されていることが認められる。

しかし、原告代理人の右主張のうち、昭和四六、四七年度分については、それ自体理由の乏しい主張であつり、昭和四八ないし五一年度分については、右決算書類の記載から直ちに右主張事実を認めることはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

(3) 以上のとおりであつて、原告が本件各土地と地上建物を白木博多織に賃貸したとの点については、これを証するに足りる適正な契約書はなく、継続して一定の賃料が授受されたという実績の証明も十分でない上、原告自身が白木博多織から賃料を受け取つた覚えはない旨の供述をしていることもあつて、本件各土地等の貸付けが租税特別措置法三七条一項、同法施行令二五条一項にいう「相当の対価を得て継続的に行う」不動産の貸付けと認めることは到底できない。

したがつて、原告の再抗弁2(事業用資産の買換え)の主張は、その余の点を判断するまでもなく理由がなく、よつて、本件更正は適法である。

三  本件決定の適法制について

1  抗弁2の(一)(本件更正の適法性)及び(二)(期限後広告)の事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、再抗弁3(正当な理由)について判断するに、原告が申告期限を徒過したのは、主張自体から明らかなとおり、当初本件譲渡代金を原告の収入ではなく藤三郎の収入と誤解したことによるものであつて、右事由が国税通則法六六条一項ただし書にいう「正当の理由」に当たらないことは明らかであり、したがつて、右主張はそれ自体失当であるといわざるを得ない。

よつて、本件決定は適法である。

四  結論

以上のとおりであつて、原告の本訴各請求は、理由のないことが明らかであるから、いずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行断法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小長光馨一 裁判官 松嶋敏明 裁判官 岩木宰)

物件目録

(一) 福岡山市博多区住吉四丁目三八番

宅地 五九・四一平方メートル

(二) 同所三九番

宅地 四〇・一七平方メートル

(三) 同所四〇番

宅地 二六九・三四平方メートル

(四) 同所四一番

宅地 四六・二八平方メートル

(五) 同所八五番二

宅地 二五・三七平方メートル

(六) 同所八六番二

宅地 六八・八三平方メートル

(七) 同所八八番地、八五番地一

家屋番号 八八番

鉄筋コンクリート造陸屋根四階建共同住宅

床面積 一階 一六二・五五平方メートル

二階 一二〇・〇九平方メートル

三階 一一一・二四平方メートル

四階 一一一・二四平方メートル

別表(一)

〈省略〉

別表(二)

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

以上合計保証債務履行額四五〇八万五一七二円

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